寄せ書き
高梨通夫「幸せだった17年」
新潮社 新潮文庫編集者
昭和56(1981)年に新潮社に入社して、新潮文庫に配属。 その一年目に担当した作品が、星さんの『進化した猿たち』でした。 その文庫本が、没後20周年を期に開催される「星新一フェア」で、当初の三冊本を編集し直して、装いも新たに、まさに決定版の一冊本として、今年(2017年)12月に刊行することになりました。 感無量です。
星さんとご自宅で打ち合わせるときは、まず、予め電話で日時を決めさせていただきます。 その時間は、大体13時過ぎ。 編集者編集者で違うかもしれませんが、私の場合の打ち合わせの開始時間は、15時というのが基本の時間でした。 そして、17時から17時30分までには、必ず終了。 ご家族との夕食の時間を大事になさっていたようです。
文庫本を刊行するにあたり、星さんからの注文はあまりありませんでした。
ただ、装幀をお願いするのは、基本的に真鍋博さんと和田誠さん。 真鍋さんと和田さん、ほぼ半分位でお願いしていたとずっと思い込んでいたのですが、このたび、新潮文庫のお二方の装幀作品を調べてみると、真鍋さん28冊、和田さん11冊と、意外な結果が。 ちなみに真鍋さんの28冊は、新潮文庫星作品の過半数となっています。
そして、装幀に関しての唯一の注文が、「ともかく、暗くならないようにして」ということでした。 書店で読者に手にとって貰うときのことを、考えての事でした。
本文の挿画への注文もほとんどありませんでした。 ただ、文庫本のページをめくって戴くとお判りになると思いますが、挿画が入っているのは必ず、各ショートショートの2ページ目、4ページ目といった早いページです。 これは、挿画でショートショートのオチが判らないように、という配慮なのです。 真鍋さんから、「一度、ショートショートのオチの部分を描いてしまったことがあるんですよ。 そうしたら、編集者からやんわりと注意されましたよ」と、伺ったことがあります。
星さんは、昭和58(1983)年に、ショートショート1001編を達成しました。 ショートショートの執筆を一区切りした星さんが力を入れたのが、今まで刊行された文庫本の手直しでした。 当時の文庫本は活字も小さく、刷りを重ねるうちに版面も縮んでしまっており、読み難いものとなっていました。 そこで、改版と言って、活字を大きくして読みやすくする作業をすることとなります。 文章自体はそのままで、活字を大きくするのが通常なのですが、星さんの場合は、細かい手直しを多岐にわたって行いました。
ロケット → 宇宙船
空飛ぶ円盤 → 飛行物体
電話のダイヤルを回す → 電話をかける
高層アパート → 高層マンション
タバコに火をつけた → 自分に言いきかせた(嫌煙運動を意識しての直しですね)
といった、時代の変化に対応するための変更や、
舶来の高級時計 → 宝石をちりばめた高級時計
のように時代が進むにつれ、意味が分からなくなってしまいそうな言葉の訂正、
狐 → キツネ
句読点を増やす
改行する
といった読みやすさを増し、時事的な言葉や古びてしまいそうな言葉を変更することで、作品自体が、時代の変化とともに古びないようにするための手直しが、各ショートショートに施されました。
1001編達成に当たり、新潮文庫ではその名もずばり、「星新一の1001編」というフェアを開催しました。 その時のキャッチコピーが、「読んでみようか 読みなおそうかな」です。 実はこのコピー、星新一作なのですが、このコピーにも、改版作業での星さんの姿勢に通じる、読者への思いが反映されているような気がします。
改版に当たっての手直しの作業と同じ発想が、『どんぐり民話館』『これからの出来事』『つねならぬ話』などに収録されている、まるで御伽話や民話を思わせるようなショートショートの作風に生かされているといっても、間違いないでしょう。
子供の頃から読みふけっていた作品の著者の担当として過ごした17年。本当に幸せな日々でした。
1983年11月「星新一の1001編」フェアのチラシ
イラスト・真鍋博
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2017年8月
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